2010年03月03日

甦る往年の名テナー・永田絃次郎 (産経新聞)

 ■在日プロデューサーが音源発見、CDに 「北」での消息も判明

 往年の名テナー歌手で昭和35(1960)年に帰還事業で北朝鮮に渡った永田絃次郎(げんじろう)(本名・金永吉)が離日直前に東京で開いた「さよなら公演」や北朝鮮で録音した音源の一部が残されていることが分かり、在日の音楽プロデューサーの手で今月、CDとしてよみがえることになった。また、北での消息が不明だった永田が1985年、平壌郊外の自宅で病死していたことも関係者の証言で分かった。(喜多由浩)

 永田のCDを制作したのは、東京都在住の李●雨さん(72)。長く朝鮮半島出身の音楽家の研究や公演を手がけてきた李さんは、永田の消息や業績が埋もれたままになっていることを気にかけ、パイプがある北朝鮮や韓国の音楽関係者や、かつて日本で永田が所属していたレコード会社、コレクターなどにあたって、音源を探し続けてきた。

 昭和11年、藤原歌劇団の「蝶々夫人」でピンカートン役を務め、一躍スター歌手となった永田は、終戦前後までに、ヨーロッパの歌曲や国民歌謡、軍歌など200曲あまりをSPレコードとして残し、一部はCDで復刻されているが、多くは散逸したままだ。

 今回、音源が残されていることが分かった「さよなら公演」は、離日8日前に東京・九段会館で行われたもので、永田が朝鮮民謡の「キーンアリラン」を歌う映像の一部が当時のニュース映画に残されていた。また、北朝鮮のレコード会社で吹き込んだ「母なる党よ」も親交のある関係者から入手できたという。

 これらに、日本の元所属レコード会社に残されていた曲などを加えた全21曲をCDに納め、17日に発売することに。この中には永田が帰国船の出航直前、新潟港の岸壁で見送る人たちに向けて歌った「オ・ソレミヨ」やオールドファンには懐かしい「愛馬進軍歌」「日本万国博覧会行進曲」などが収められている。

 李さんは「名テナーと謳(うた)われた永田さんの歌声を何とかして残したかった。今やらないと永田さんの業績や記録が失われてしまう」と話す。20日には東京芸術劇場(池袋)で昨年、新たに見つかった永田と李香蘭が共演している戦前の映画「君と僕」の一部を上映する講演会も行う予定だ。

 永田をめぐっては、1965年前後から、家族とともに消息が分からなくなり、粛清の可能性や「政治犯収容所に入れられた」という情報も伝えられた。

 だが、永田に近い関係者によると、北朝鮮の体制変化や体調不良によって、不遇な立場に置かれたことはあったが、85年に肺結核で病死(享年75)するまで後進の指導を続け、一緒に北へ渡った4人の子供たちは、音楽大学の副教授や技術者として今も高い地位にあるという。

 また、98年には、金正日総書記が北朝鮮当局が発行する音楽雑誌上で、金永吉(永田)の業績を称賛する発言をしていたことも判明。事実上の名誉回復がはかられたことも今回、新たに分かった。

                   ◇

 CD「甦る幻の名テナー 永田絃次郎」は定価3千円(税込み)。問い合わせは(電)03・5421・7277コリア・エンターテインメントへ。インターネットのアマゾンジャパンでも販売する。

●=「吉」を横並びで2つ

春秋社
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posted by オオシロ クニオ at 20:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地方選善戦も自民隠し 「風」生かせぬ執行部(産経新聞)

 2月21日夜の自民党本部。長崎県知事選で自民党が支援した中村法道(ほうどう)の「当選確実」がニュースで流れると、幹事長の大島理森は顔を紅潮させながら記者団の前に現れた。

 「昨年の衆院選後、与党対野党の構図だった宮城県と長崎県の知事選で勝利を得たことは、政府・民主党の姿勢に対する国民の痛烈な意識の表れだ。参院選を視野に入れた戦いにおいても大事なことだ」

 衆院の4選挙区と参院をすべて民主党が独占する長崎県。その「敵地」で、与党3党が推薦した農水省OBに9万票余りの大差を付けて完勝したことに、自民党内は久しぶりに明るい雰囲気に包まれた。党本部に張られていた中村ポスターの下に「祝当選」の紙札が付けられた。

 25日。党長崎県連幹部が党本部を訪れ、総裁の谷垣禎一と固い握手を交わした。「本当にお疲れさまでした」。ねぎらう谷垣。だが、谷垣が本当に会いたかった当の中村の姿は、そこにはなかった。

 谷垣を喜ばせたもう一人の当選者がいた。

 2月14日の滋賀県長浜市長選を競り勝った前衆院議員、藤井勇治だ。

 谷垣の出身派閥の元幹事長、古賀誠らの秘書経験があり旧知の藤井に谷垣は電話した。

 「衆院選で200人ほどが落選した中で、政界に返り咲いた第1号だ。勝因は? 今後に役立てたい」

 「まじめにコツコツとやっただけですよ」

 「そうですか…」

 会話はかみあわなかった。

 この市長選は「民主対自民」の構図ではなかった。しかも藤井は、出馬を決めた昨年末、他党や無党派の支持を得ようと自民党を離党した。藤井はいう。「総裁は私が離党したのを知っていたはずだが」

 政権交代という政界の大変動はあったものの、その後も地方選では「民自対決」の多くで、自民党系が勝利してきた。

 要因の一つは、民主党の地方組織はいまだ脆弱で、県議会などの地方議会で、自民党系が民主党系を上回っているためだ。

 だが、党本部に姿を見せない中村や離党した藤井。2人が象徴するのは、ほとんどの候補が自民党の公認や推薦を拒否し、「自民隠し」に躍起になる現実だ。

 中村の選挙には、九州選出の自民党国会議員秘書が大挙して派遣された。国会議員も応援に駆けつけ、衆院議員の小泉進次郎は街頭演説21カ所、個人演説会3件をこなした。実質的には「自民党丸抱え」だった。

 ところが、表面上は自民党に近い県内経済界や県庁OBなどで組織する「新知事をつくる県民の会」が活動母体となり、「県民党」で臨んだ。中村のポスターに「自民」の文字は一切なかった。

 「衆院選の後は、とても自民党を前に出す雰囲気でなかった」。長崎県連政調会長の小林克敏は振り返る。勝因も「民主党の『政治とカネ』への不信感があまりに強かったことだ」と強調したうえで、執行部にこう警鐘を鳴らす。

 「有権者が自民党に寄せる目は今も厳しい。知事選の勝利はうれしいが、『自民党が勝った』とまでは言えない。それで浮かれていては駄目だ」

 谷垣ら執行部は、長崎県知事選と東京都町田市長選の勝利を、自民党への「追い風」とみた。22日には小沢一郎民主党幹事長の証人喚問などが実現するまで国会審議を拒否する策に出た。民主党には「地方選挙と国会に直接の因果関係はない」(山岡賢次国対委員長)と要求を一蹴され、他の野党からも「ついていけない」(共産党幹部)とあきれられた。

 結局、何の成果も得られず、党内の審議拒否への不満が高まる中、わずか3日で審議拒否をやめた。審議復帰はちょうど、長崎県連幹部が党本部を訪問したのと同じ25日。谷垣は「残念、無念。憤懣(ふんまん)やるかたなし」と苦笑した。

 21日に久々の「勝利の美酒」に酔ったある自民党議員は、25日になると憔悴(しょうすい)した表情になっていた。

 「長崎の勢いを止めてしまった。自爆だ」

 党内の各所に張られていた中村のポスターは、26日には撤去されていた。

 =敬称略

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posted by オオシロ クニオ at 06:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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